本のこと

強迫観念を捨てる

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『定年後のリアル』(勢古浩爾著)

 文庫本裏表紙の内容説明には「(定年後を)のほほんと生きていくための一冊」とある。待ってましたと飛びついた。勢古浩爾さん著『定年後のリアル』(草思社文庫、13年8月)だ。メディアは「人生100年時代、趣味を、交遊を、地域デビューを」と煽るが「過大問題視しなくていいのではないか」というのが本書の主張だ。


 曰く「わたしはもう決めた。テレビを見て、散歩をして、本を読むだけでけっこうである」「わたしは寂しい人なのだろうか。(略)しかし、わたしはそれでいいのである」と。続編『定年後7年目のリアル』では、鴨長明や吉田兼好を紹介し、「なにもしない生活は滋味がある」と説く。そこまではいいのだが、「のほほん」どころか「ぎょっ」として読んでいて辛くなる記述も多い。


 同じく老後について論じた『おひとりさまの老後』の上野千鶴子さんに対しては「なんだ、結局、友人もたくさんいて、仕事もあって、老後の資金になんの心配もない(略)そしてあんた(上野)はその上別荘まで持っとったんかい」と激烈だ。『年収300万円時代を生き抜く経済学』の森永卓郎さんには「自分で年間三百万円で生活をしたことがないのに、(略)どうひっくり返っても説得力はない」。俳優の武田鉄矢さんにいたっては「どこかインチキ臭さが臭う人で、あまり好感が持てない」と人格批判である。

 書きたい放題なのだ。ネット上の匿名の言説のようである。著者は団塊の世代。今のポリティカル・コレクトネスに照らせば、本書が出版されたことに時代を感じ、続編が出るほど読まれたことに首をかしげる。元サラリーマンで評論家・エッセイストの肩書を持つ著者自身は「なにもしないことを肯定的に捉える」どころか、本書の出版後3年間で3冊本を出しているのだという。その後の著作も多い。同じ土俵に乗って言うと、「どうひっくり返っても説得力はない」。


 著者の「日々のぼんやりした時間がいい」という主張には共感するだけに、あんた呼ばわりや人格批判、天に唾する脱線部分が残念だ。物書きの端くれとして自分も言葉には気を付けたいものである。(2025.05.26 No.167)

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