学校教育

価値観を問い直す

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『やりすぎ教育 商品化する子どもたち』(武田信子著)

 取材をしていると、その業界の価値観に慣れ、同化し、どんどん近視眼的になっていく。木を見て森を見ていないことがある。教育も同じだ。それはそれで大切なのだが、視野を広げることも必要だ。


 そのことに気づかせてくれたのは、臨床心理士の武田信子さん著『やりすぎ教育 商品化する子どもたち』(2021年5月、ポプラ社)だ。表紙には「日本の子どもの精神的幸福度 参加38か国中37位…。」とある。それは、大人が「よかれ」と思って、詰め込みすぎた結果だというのが本書の主張だ。


 外交官に必要な能力を「キー・コンピテンシー」として全ての子どもたちに求める。学力だけでなくコミュニケーション能力など数値で測れない「非認知能力」が必要となれば、それをトレーニングするための教育産業が生まれる。「社会にあまねく広がっている一見子どもたちのためになると思われる上昇志向の価値観に流されて、一生懸命に見当違いのマルトリートメントをしてしまうのです」。その結果としての37位だと本書は言う。


 現在行われている議論の一つを紹介する。次期学習指導要領の改訂に向け、教員の負担軽減、子どもの放課後時間の確保などを論拠に一部で小中学校の授業時間の短縮を求める声が上がっている。だが、ある当局関係者は04年に明らかになった学力テストで日本の順位が大幅に下がった、いわゆるPISAショックを挙げ、「日本は学力低下に耐えられない。短縮という選択は難しい」と話す。ここ数年、人材育成について、産業界の要請が色濃く教育現場に反映されるようになっており、「上昇志向の価値観」は補強されている。


 本書はそんな価値観に、子どもの幸福度という異なる角度からのエビデンスを突きつける。誰のための、何のための教育なのかと揺さぶり、問い直すよう促している。教育を受けた者として、親として共感できる提言であり、記者として忘れてはいけない視点を提供してもらった。(2024.03.06 No.118)

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