『転がる珠玉のように』(ブレイディみかこ著)
緻密に計算された配球でテンポよくストライクカウントをとる。決め球は、打者の手元でくいっと軌道を変える7色の変化球だ。鋭く曲がり、落ち、浮き上がる。米大リーグ、パドレスのダルビッシュ有投手の投げた球に、打者のバットは空を切る。22日(日本時間23日)には、日本投手初のメジャー通算2000奪三振を達成した。50本塁打、50盗塁という偉業を達成し、なお記録を更新中のドジャース大谷翔平選手に目が向きがちだが、こちらもすごい記録だ。
ブレイディみかこさんの最新エッセイ集『転がる珠玉のように』(2024年6月、中央公論新社)は、三振の山を築くダルビッシュ投手の投球のようだ。緻密に計算されたエピソードと構成でストーリーを組み立てる。最後の数行に凝集された、決め球であるオチは、笑いあり、涙あり。「読み手の『オチ』要望に」しっかり応え、「読者をスッキリさせる」。「『オチ』はつかないはずだった。断片的日常を書くつもりだった」ものにも、きれいなオチを付けてしまうプロ根性を見習いたい。次はどんなオチか、期待しながらページをくくる。
記者が好きなのは、遊び球だと思っていたエピソードが最後に伏線として効いてくる「フェスティヴ・スピリット」。「うまい」と思わずうなった。「道化と王冠」には、「今回のオチはこれでいかか?」と周囲の状況が著者の前に現れたかのような強運に驚く。
唯一残念だったのは、やむを得ないことではあるが、初出から時間がたっていること。コロナ禍の出来事に材をとっているものが多く、読み手としては大きくタイミングを外された形だ。やはりエッセイはタイムリーさも大事だ。
タイムリーと言えば、ドジャースは地区優勝を賭けパドレスとの3連戦中。是非、ダルvs大谷の直接対決をタイムリーに見てみたい。(2024.09.25 No.143)