『明日は、いずこの空の下』(上橋菜穂子著)
本はほとんど図書館で借りている。常に上限いっぱいに予約を入れている。人気があったり所蔵数が少なかったりする本ばかり予約していると、なかなか順番が回ってこない。手元に読む本がなくなる。すると、本中毒の虫がうずうずとうごめき始める。今がそんなときだ。ちなみに2月22日に予約した本は今日現在で記者の前に635人が待っている。
前回読んだのが死刑囚に関する長くて重い本だったので、気楽に読める本が読みたくなった。図書館にいると、あっという間に時間が過ぎてしまう。あれも読みたい、これもまだ読んでない。静かな空間で、そんな本たちに囲まれている時間は幸せだ(大きな音で音楽がかかっている古本屋にも足を向けるが、ちょっと苦手である)。
迷いながらも手に取ったのは『明日は、いずこの空の下』(上橋菜穂子著、講談社文庫、2017年12月)だ。上橋さんは「守り人」シリーズの作者であり、近刊の『香君』も抜群に面白かった。そんな作家のエッセー集だ。
「文は人なり」という。エッセーはその集大成なのだが、意外さを楽しめたりする。冒険活劇が多い上橋さん。実は「変化は苦手、お布団にもぐりこんで、好きな本を読んでいられたら幸せ、という人間」だそうだ。実際には文化人類学者としてアボリジニと生活を共にしたりしながら、それが「私の中で熟成して、物語を紡ぐときに大いに役立ってくれているのです」と言い、「作家は実際に経験していないことでも、過去の多くの経験の断片から繋ぎ合わせて、あたかも目の前で見ているかのごとく描き出すことができるものです」と、作品になっていく。
学者としてのフィールドワークや旅の経験が、ファンタジーや冒険小説として結実したのは本書から垣間見える。だが、上橋作品は、政治スリラー、諜報謀略小説としても一級品だ。それも、「過去の多くの経験の断片から繋ぎ合わせ」た結果なのだろうか。ブラックボックスの中を覗いてみたくなる。
なお、上橋さんは本書で池波正太郎さんの食に関するエッセーについて触れ、「口の中はもう、涎でいっぱい」と紹介しているが、上橋さんの作品に出てくる創作料理?も負けず劣らず「涎でいっぱい」になる、楽しみの一つである。(2023.03.05)