本のこと

ジェットコースター

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

『黄色い家』(川上未映子)

 カタコト音を立てる車輪。空が近づいてくる。むき出しの体が高みから一気に投げ出される。浮遊感。川上未映子さん著『黄色い家』(中央公論新社、2023年2月)はジェットコースターのようだった。


 2020年、黄美子さんによる20代女性への監禁・傷害事件の記事を読んだ主人公の花は、黄美子さんとの共同生活を回想する。物語は1990年代後半に遡る。親元を出て黄美子さん、ほか2人の少女と過ごした時間を描く。幸せ、安定に近づいたと思うと、ジェットコースターのように急降下する。そして、生きていくためだけにカード犯罪の出し子というシノギに手を染める。善悪の判断は保留される。


 花はいわゆる貧困母子家庭で育った。黄美子さんは今でいう発達障害傾向が強い。物語のジェットコースターに乗りながら思いだしたのは、ある小学校の特別支援教室のことだ。取材で約半年入り浸った。困難校と言われる学校だった。特定の子を支援するため学校、行政の関係者らが一堂に会するケース会議が開かれた。ネグレクト(育児放棄)が疑われるケースだった。会議を招集した校長が言った。


 「不適切な養育があって、発育もよくない。なのに、人にちょっかいを出して、怒らせる。このままだと、人に恨みを持つようになる。愛情要求が逆の形で出てくる。これが成長したときにどこに向かうかというと、手に負えない反社会的行動で注目を引こうとするか、引きこもりになるか。今、手を打たないと。大きくなって取り返しがつかない状況で、児童相談所に通告するのでは遅い。何年か後の危惧されるイメージをなくしていくことを、この場で確認したい。子どもの安全は守らないと、かわいそうです」

 脅しではない。校長はそんなケースを嫌というほど目にしてきた。だから一言一句が切実だった。作中、黄美子さんについて、古い友人がこんなことを言う場面がある。

 「いただろ、むかし学校とかにも、水商売とか闇とかそういう場所には、そういう黄美子みたいなやつがたくさん流れてくるんだよ」「あっというまに思い通りにできる。親身なふりして借金つかませて、利子だなんだいって、あとは無限に毟りとるだけ」

 ぞっとする。だが、現実でもある。物語の救いは、安心と希望のある家を実現するために奔走する花だ。「黄美子さん、わたしに優しくしてくれて」と。だから花は全てを尽くす。人は優しくされてはじめて優しくなれる。校長先生とケース会議の子のように。本書の紹介文にある「クライム・サスペンス」「ノンストップ・ノワール(暗黒)小説」とは違うジェットコースターの余韻に浸りたい。


 蛇足だが夜の青が美しい小説だった。(2023.05.04)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加