映画『あんのこと』(入江悠監督)
1本の新聞記事が発端だったという。短い記事がどんな映像になるのか見たかった。貧困、虐待、薬物中毒、売春…。負のループから抜け出せそうになった矢先、コロナ禍で力が尽きた若い女性。それが映画『あんのこと』になった。杏を演じた河合優実さんの演技に引き込まれた。
監督の入江悠さんは「2020年から21年にかけて社会を覆ったあの空気を、忘れないように記録しておきたい」と思ったという。実際、この映画を観るまで記者は忘れていた。この4月初めてコロナに罹ったにもかかわらずだ。コロナは多くの命を奪っただけでなく、人と人とのつながりを壊滅的に破壊した。象徴があんである。その意味で映画は貴重な記録になりえた。
実話をもとにしたこの映画は一方で、どこかで心ある人と繋がれば、居場所さえあれば、人は前を向いて歩けることも教えている。コロナ禍前のあんがそうだ。あんを更生させようとする刑事との出会いやその後の老人ホームでの介護の仕事が、あんに「生きよう」と思わせる。
先日、ある小学生を取材した。ゲームセンターに行く途中、交通事故に遭った。事故後、彼が向かった先は家ではなく学校だった。学校で「頭が痛い」と言い出した。当時の校長らが病院に救急搬送した。それでも家には帰りたがらなかった。
彼はあんほどではなくとも、家で不適切な養育を受けていた。だが、彼には学校という居場所があった。学校には休むことなく毎日通っている。その校長ら頼れる大人がいるからだ。あんは小学校もまともに行けなかったようだが、こんな学校もある。その学校は「居場所だけの学校づくり」をうたい実践している。(2024.06.08 No.127)