本のこと

次回作を待って

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佐々涼子さん死去

 敬愛するノンフィクション作家、佐々涼子さんの訃報を3日、朝刊社会面の小さな記事で知った。56歳と記者よりも若い。悪性の脳腫瘍で闘病中だったことは知っていた。長くは生きられないことも。だが、奇跡を信じ、回復して次回作を読める日を心待ちにせざるを得なかった。


 ノンフィクションにもいろんなジャンルがある。政権の内幕もの、事件の裏側の追求、一瞬の輝きを切り取るスポーツ、評伝…。事実に迫る良作は数え切れない。だが、心をゆさぶるノンフィクションはそう多くない。

 佐々さんの遺作となったエッセイ集『夜明けを待つ』の中に、横浜市にある子どもホスピスを取材した記述があった。記者も設立準備段階で取材したことがある。単発の記事ではなく、追い続ける価値があると思った。だが、できなかった。


 代表へのインタビュー中に涙が止まらなくなった。「先日来ていたあの子は、今どうしていますか?」と聞けない気がした。当時は横浜市のドヤ街、寿町を取材していた。その最中に、炊き出しでお世話になったお年寄りが亡くなった。お年寄りでもかなりこたえた。子どもを看取るホスピスの取材など無理だと思った。


 そんな取材を佐々さんはやろうとしていたようだ。生と死をテーマに書き続けた佐々さんがどんな作品をつくるのか。佐々さんにしか書けない希望の灯りをともすような作品を、淡い期待を抱いて待っていた。ホスピスには近く別の取材で訪れる予定だ。佐々さんが見られなかったホスピスの今を見てきたいと思う。


 もう、これまでの作品を読み返すしかない。何か大きなものが欠落してしまったように感じる。謹んで哀悼の意を表します。(2024.09.03 No.142)

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