『成瀬は信じた道をいく』(宮島未奈著)
2024年本屋大賞受賞作、宮島未奈さん著『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社、2023年3月)と続編『成瀬は信じた道をいく』(同、24年1月)を読んだ。滋賀県大津市への地元愛に富み、マイペースで変わり者の主人公、成瀬あかりの青春物語だ。
短編の連作集であり、中学2年から大学進学までが描かれる。1話を除きそれぞれのストーリーは成瀬本人ではなく、友人ら、成瀬に関わる人たちの視点で語られる。だから毎回成瀬が主人公ではなく、それぞれが語り手たちの物語にもなっている。
高校デビューで上位のカーストを目指す同級生の視点で描いた「線がつながる」、親の望みで観光大使になった相棒の視点の「コンビーフはうまい」は、我が道を行く成瀬と比較することで、周囲の評価や親の期待ではなく、自分自身で人生のオーナーシップを握ることの大切さに気付く。
さまざまな人の視点で描かれていても成瀬はぶれない。漫才のМ-1グランプリに出場してみたり、紅白歌合戦に出てしまったり。М-1は予選敗退、紅白は歌手としてではなく、と成果は小さいが、いずれも行動に移し、実現してしまう。成瀬は「何になるかより、何をやるか」が信条。やりたいことが次々と出てきてしまう。そしてチャレンジする。成瀬の魅力は「信じた道」からぶれない意志の強さと、実際に実現してしまう行動力だ。
こんな語り口と視点の多様さ、どこかで読んだことがあると思いながら、最後まで読んでやっと気づいた。橋本治さんの『桃尻娘』シリーズだ。橋本さんは既に鬼籍に入っており、こんなユーモラスで心にしみる青春小説を書ける人はもういない。さわやかな読後感。シリーズ化を期待したい。(2024.10.06 No.145)