本のこと

ミステリーツアー

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『さむけ』(ロス・マクドナルド著)

 このところ、『ぼくのミステリ・マップ』で田村隆一さんが勧める海外作品をずっと読んできた。世界最初のミステリーとされる『モルグ街の殺人』からハードボイルドまで。ミステリーツアーだ。再読なのにすっかり内容を忘れていたものもあり、自分でびっくりした。

 その中で、田村さん同様「すっかり、とりこになりましたね」というのはロス・マクドナルドの探偵リュウ・アーチャーシリーズだ。以前、映画化された『動く標的』を読んだ時は、あまり楽しめなかった。今回田村さん推薦の『ウィチャリー家の女』(1976年4月)、『縞模様の霊柩車』(同5月)『さむけ』(同9月、いずれもハヤカワ・ミステリ文庫)は特に終盤、ページを繰る手がもどかしい。

 ドルリー・レーンやファイロ・ヴァンスのような天才的な観察力と推理力で読者をあっと驚かせることはない。アーチャー自身がそれまで犯人らしいと見立てていたのとは違う人物が最終盤で犯人だと分かったりする。前者は前者の面白さがあるのだが、見立てを間違いながらも粘り強く真相に迫るアーチャーの仕事ぶりは報道の仕事と似ている。

 人と会って直接取材をする前には下調べをする。原稿をイメージしながら質問を考え、構成を練る。自分の見立て通りに進むことの方が多い。だが、素人の浅慮による見立ては誰でも考えられる程度のものだ。結果、予定調和な原稿になりがちだ。

 たまに予想外の展開になる。その場ではちょっと困るが、結果としていい原稿が書ける。それは素人の予想が及ばないニュースだったり、新しい視点だったりするからだ。自分が面白いと思って書いたものは読者にも伝わる。3作品は、そんな調査(=取材)過程といくつものどんでん返しを楽しめる。

 とりあえず今回のミステリーツアーは終わったが、アーチャーシリーズのほかの本も読んでみたい。ただ、記者のミステリ-・オール・タイム・ベストは小学生の時に読んだコナン・ドイルの『まだらの紐』というのは変わらなかった。(2025.06.19 No.169)

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