本のこと

戦後80年は終わらない

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『ミス・サンシャイン』(吉田修一著)


 吉田修一さんの『国宝』を読んだ流れで、たまたま手に取ったのが同じ著者のこの本『ミス・サンシャイン』(文藝春秋、2022年1月)だった。以前にも書いたが、芥川賞受賞作に馴染めず、半ば食わず嫌いで読んでこなかった作家である。帯には「僕が恋したのは美しい80代の女性でした」とある。「僕」は20代の大学院生。これもピンとこない。でも、島清恋愛文学賞を受賞しているし、吉永小百合さんが推薦文を寄せている。


 ページをめくると帯も文学賞の冠も本書の本質をあえて外していたことが分かる。「恋をした僕」の最も大きな役割はあくまで物語の語り手だ。「僕」が主人公である往年の大女優に共感するための、僕の妹に関するエピソードが効いてくる。

 それ以上に、物語の鍵となるのは大女優の幼馴染だ。作者が書きたかったのは自身の地元長崎に落とされた原爆についてだったのだろう。読み進めて分かるタイトル「ミス・サンシャイン」の意味。華やかな大女優に幼馴染を対置することで浮かぶ「光と影」。被爆者の悔しさ、悲しみ、日本人としての葛藤が切ない。本書は恋愛小説ではなく、戦争文学だった。


 今夏は、広島出身の堀川惠子さんの労作『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』など第二次大戦と原爆についての良書を何冊か読んだ。今回、意図せず手にした本書が戦争文学だったことに啓示を感じる。夏だけが戦争を考える機会ではない。戦後80年はまだ終わっていない。(2025.10.19 No.178)

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