『菜食主義者』(ハン・ガン著)
2024年ノーベル文学賞作家、韓国のハン・ガンさんの『菜食主義者』(2011年4月、クオン)を読んだ。ごく平凡な女性ヨンヘが奇妙な夢を見てから、肉を食べられなくなり病的にやせ細っていく。その姿がヨンヘの夫、ヨンヘを芸術的・性的対象として求めるヨンヘの姉の夫、ヨンヘの姉、3人の視点を通して語られる連作小説だ。菜食主義者の知人は数人いるが、皆非常に健康的だ。ヨンヘは、タイトルから思い浮かぶビーガンなどではなく、拒食症、摂食障害の一種だ。閉塞感の中で心を病んだ人の重苦しいストーリーである。
ヨンヘはやがて肉以外の食物も受け付けなくなる。生命の危機に陥る。物語のカギは精神病院の閉鎖病棟に入ったヨンヘのこんな言葉にある。
〈ごはんなんて食べなくてもいいの。生きていける。日差しさえあれば。〉
韓流ドラマの『冬のソナタ』は楽しんんだ。今の韓流アイドルも少しは知っている。でも、お隣の国の文化を驚くほど知らない。家父長制は日本よりも強いと聞く。この作品が出版された当時07年頃の状況も知らない。ただ、出生率が日本を下回り、国を危うくするほどという報道を見ると、日本同様、閉塞感を感じざるを得ない。
ヨンヘは死を望んでいるわけではない。植物、一本の木になりたいのである。「狂気」と言えばそれまでだ。植物は光合成さえすれば、ほかの生きものを捕食し犠牲にしなくてもいい(光合成をせず他の植物の値に寄生して生きる植物もあるそうだ)。心が疲れているときは、他者との面倒な関わりを持たず、静かに一人でいたい。もっと言えば、閉塞した社会から抜け出し、光合成だけで自立して生きていたいという願いのようにも読める。
記者と同年代のシンガーソングライター、スガシカオさんにこんな曲がある。
〈労働なんかしないで 光合成だけで生きたい 恋愛なんかしないで 光合成だけで生きたい〉
植物になりたい。日だまりで日光を浴びていたい。記者にもちょっと分かる。(2025.11.17 No.180)