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事実が想像力を超える

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『虫と草木のネットワーク』高林純示著

 取材をする際、こんな記事を書こうとアウトラインを決めてインタビューの質問事項を考える。だが、取材中に思いもよらない展開になり、記事自体が当初予定と全く変わってしまうことがある。記者の常識的な想像力で組み立てた予定調和的な取材を拒否されたわけだが、これは本当にワクワクする体験なのだ。そんな読書体験をした。


 『香君』(22年9月4日記事)で描かれた植物と虫の関係は、著者の上橋菜穂子さんの創作だとばかり思い込んでいた。すごい想像力だとうなっていた。だが、それだけではなかった。


 香君のあとがきで、上橋さんが「多くの刺激を受けました。(中略)愕然としました」というロブ・ダン著『世界からバナナがなくなるまえに』と、「驚異的な面白さだった」という高林純示著『虫と草木のネットワーク』を読んだ。いわば香君の底本となった2冊だ。


 『虫と…』は「植物と昆虫たちの不思議な交信、匂いによるコミュニケーションと相互作用の仕組み、生物間の多様な関係性の世界」の物語だ。トウモロコシは害虫のイモムシに食べられると、匂い物質によるSOSシグナルを発し、それを天敵の寄生バチが受け取り、イモムシをやっつけにくるのだという。トウモロコシに限らずいろんな植物でこうした関係は証明されているそうだ。文系記者にはノーベル賞級の発見にみえるこの事実がなければ、香君が書かれることもなかっただろう。正に「驚異的な面白さ」。一気読みだった。正直に言うと、香君より楽しめた。なぜか。


 冒頭の取材体験と同様、記者の想像力を事実が超えたからだ。フィクションであれば想像に制約はない。だからこそ逆に、あまり事実からかけ離れていると、単なる荒唐無稽な物語にしかならない。香君はそうならないよう底本をベースに上橋流のファンタジーに仕上がっている。


 それに対して、『虫と…』は完全なノンフィクション。匂いを媒介した植物と虫のコミュニケーション、植物同士の会話。事実が想像を超えていた。考えたこともなかった。眼に見えないミクロでマニアックな事象が、いきなり壮大でロマンチックな世界になって目の前に広がった。植物と虫、ひいては生態系の奥深さに魅せられた。専門用語をできるだけ使わず、寓話風にしたりたとえ話を使ったりして平易に説明しているので全く知識がなくても読みやすい。また、「それ(匂い)をどんな『鼻』で嗅ぎつけているのか、その解明にはまだまだ今後の研究を待たなければなりません」などと好奇心にあふれた科学者の仕事にロマンを感じた。

 『虫と…』は07年の著書、それから15年が経っている。新しい発見はあったのだろうか。ご存じの方がいらしたら、ぜひ教えてください。

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