『その名を暴け #Me Tooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』(ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー)
映像化される前に原作本を読むようにしている。今回は珍しく後先が逆になった。が、映画では短い時間に情報量が多すぎて理解できなかった部分を書籍で補えた。映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(マリア・シュラーダー監督)の原作『その名を暴け #Me Tooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』(ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー、古谷美登里訳 2020年7月、新潮社)である。
本書の著者である米ニューヨーク・タイムズの2人の女性記者は被害者に「過去にあなたに起きたことを変えることはわたしにはできない。でもね、わたしたちが力を合わせれば、あなたの体験をほかの人を守るためにつかうことができるかもしれない」と説く。映画では、告発記事で最も重要な実名での証言や、加害者の会社関係者から裏付けとなる文書を入手し、加害者を追い詰めていく取材活動が描かれている。
映画でも触れてはいるが、本書でより詳しいのは、性的嫌がらせの訴えをもみ消してしまう米国の合法的なシステムだ。「沈黙を金で買う」。弁護士が被害者に「最良の選択は示談にすることだ」「こうした事件の典型的な解決法はこれだ」と説得する。示談の条件には「秘密保持条項」が盛り込まれる。漏らせば契約違反となり、示談金は返さなければならない。だから、声を上げることができない(報道では逆に示談の存在を示すことで、嫌がらせがあったことを立証している)。
表では被害女性に声を上げさせ、裏で訴えを退けるためにひそかに示談に持ち込み、収入源にしている女性弁護士が出てくる。被害者の一人は「わたしにとって、いちばん大きいトラウマは、弁護士たちとのやりとりで起きたことだった」と語っている。本書には、2人の報道をやめさせようと、イスラエルの「ブラック・キューブ」という、陸軍情報部の専門家らも名を連ねる民間スパイ組織も登場する。合法の醜さにぞっとした。
そんな中で、2人の一連の報道は「(加害者の)名」だけでなく、隠ぺい「システム」を暴き、性的嫌がらせの示談から秘密保持条項を撤廃する制度改正につながったことに大きな意味がある。
本を読んでもう一つ知りたいことがあった。映画でミーガン役のキャリー・マリガンが産休から取材現場に復帰する際に複雑な表情を見せた。仕事ができる喜びなのか、ブランクによる不安なのか。育児の悩みか。原作に答えを求めたが、言及はなかった。マリガンの表情が頭から離れない。気になる。(2023.02.04)