「日本の教育は素晴らしいと思う。でも、僕には合わなかった」―。神奈川県鎌倉市が行っている不登校児童・生徒支援策「ウルトラ・プログラム」の2022年度の取り組みを振り返る「インパクトデイ」がこのほど市内で開かれ、かつて不登校だった山岡寛泳さん(20)はこう語った。
不登校の「先輩」として招かれた山岡さんは、ギフテッド教育と注目され、ウルトラの前身といえる東京大学先端科学技術研究センターの「異才発掘プロジェクト・ロケット」で学んだ。ロケットでは「好きなことをしよう」「人と違うことを活かそう」と言われて当初は戸惑ったが、自問自答する中で見つけたのはデザインに心惹かれていたこと、鯉のぼりが好きということだった。好きを突き詰めた山岡さんはいま、人と違うことを活かして自分でデザインした鯉のぼりブランドを製作・販売するで会社「泳泳」を立ち上げた。既に100体の鯉のぼりを全国で販売した。ロケットが目指す異才を発掘し、それを伸ばすことができた成功例といえる。
山岡さんは「たまに不登校に戻りたい」と思うことがある。デザインの専門学校に通いながら鯉のぼりビジネスを続ける生活は忙しい。学校は全員で同じことをしながらその中で優劣を競う。山岡さんにとっては違いを認めてもらえない場だった。当時は悩みが多く、不安もあった。だが、不登校には時間がある。「時間があるから考え自問自答する。人間自体が深くなる。本質的なことが見えてくる。学校に行かない、人と違うのは貴重な存在だと思う」
2年間ウルトラを取材する中で知り合った中学3年生の千佳さん(仮名)は通信制のN高校への進学が決まった。だが、彼女も今、深い淵に沈んでいる。秋に会ったときは哲学に関心が向かい、ミシェル・フーコーの入門書を読んでいた。今は太宰治を読みながら「生と死、自由について考えています。そこにはまりすぎてメンタル、ギリギリです。大人になりたくないと社会に反抗しています」と話す。
悩みの淵から抜け出した山岡さんは後輩たちにこんなアドバイスをしていた。
「経験をお裾分けすると、とりあえず手を動かして何かをやることの重要性に気付きました。目に見えない地道なこと、輝かしくないところにこそ大事なものがつまっている。頭で考えているだけでは世界は変わらない。ださくてもちょっとでも変わることが大事だと思う」(2023.02.23)