本のこと

文体と形態

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

『おくることば』(重松清著)


 独自の文体に毎回心地よく浸る。励まされ、勇気をもらい、さわやかな涙を流す。この気持ちを伝えるには、こんな書き方をすればいいのかと教えてもらったこと多数。「夜明け前に目が覚めたときは、たいがい、ひどい不安感や自己嫌悪に襲われてしまう」との告白には、同世代の作家の自分との類似点に驚き、「こんな売れっ子作家にも不安があるのか」と親近感が湧く。


 記者の最も好きな作家、重松清さんの新作『おくることば』(新潮文庫、2023年7月)を読んだ。新型コロナウイルス禍をメインテーマにエッセイ、詩、短編小説と盛りだくさんだ。エッセイ「夜明けまえに目がさめて」は「ところで、オレさ、最近こんなことを思ってるんだけど、聞いてくれる―?」という連載であり、重松ファンは「是非聞かせてください」と興味津々で読み始めた。


 が、今一つのめり込めなかった。なぜか。求めていた重松節のオンパレードであり、小説のうまさは従来通りなのだが、重松節がエッセイや詩という文章形態に合っていないと感じたからだ。本の紹介には「重松清版 君たちはどう生きるか」とある。物語であれば全面的に受け止められるエピソードやメッセージも、エッセイで作者本人の生の言葉として語られると、ストレート過ぎた。新聞記事であっさりした時事評論を読みなれた記者には、重松節の比喩や問い掛けは重かった。あくまで個人の趣味だが、重松節は小説にこそ似合う。

 最近、重松さんは新作出版のペースが鈍っている気がする。体調のせいか、大学が忙しいのか。ご自愛を。並行して読み始めた長編小説『はるか、ブレーメン』、これから読む『カモナマイハウス』に期待したい。(2023.08.18 79回)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加