『大名倒産』(浅田次郎著)
この人の作品の面白さは、卓抜な設定に由来する。企業の計画倒産を幕末に持っていった浅田次郎さんの『大名倒産』(文芸春秋、2019年12月)である。泰平の世で積もりに積もった借金が25万両、年の利息が3万両で、歳入は1万両、これはもう大名倒産しかない、と藩を計画倒産させて逃げ切りを図る先代と、経営再建に奔走する若殿様の対決。再建など到底できない財政状況からの大逆転。現代ものならリアリティ不足に途中で放り出してしまいそうだが、舞台を江戸時代にしたことで、痛快エンタメ小説に成っている。
そうなれば、人情あり、ユーモアあり、何でもあり、手練手管の浅田節が物語を引っ張る。「人を動かすものは畢竟、力ではなく知恵でもなく、素の心だった」とくれば、かなり強引な場面にも目をつぶって次の展開を追いたくなる。ストーリー、細部とも楽しめる。上手いのだ。
ところで、浅田作品には根っからの悪役は出てこない気がする。本書の先代についても「もしや臍曲がりで偏屈者と罵られている父は、実直な正義感なのではないか、とふと思うたのである。つまり、父が曲がっているのではなく、世が曲がっているのだ」と、若殿が同情する場面がある。盗人にも三分の理。弱さと愚かさ、いたたまれなさを加えることで、登場人物を単なる悪役ではなく、愛すべき人間として描いているのも浅田作品の魅力の一つだと思う。(2024.04.20 No.121)