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共感できない

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『空白の五マイル』(角幡唯介著)

 冒険。それは少年の夢である。ごく一部の人を除くほとんどの人にとってそれはあくまで物語の中にある。あこがれのまま終わる。だが、いるのだ。人工衛星やドローンが地球上のすべてを映し出す21世紀になっても。夢を見つづけ身一つで未踏の地に行ってしまう人が。


 『空白の五マイル』(2012年9月、集英社)の著者、角幡唯介さんがその一人だ。先日観た映画『オッペンハイマー』の原作を読んでいたら、続いて読み応えのあるノンフィクションを読みたくなり手に取った。定評のある一冊だ。角幡さんは記者の仕事をしていたことがあるという。読んでみるとまるで人種が違う。いや同じ生物とは思えない。肉体的にも精神的にも超人である。チベット、ツアンポー川流域の探検の歴史をなぞるとともに、自ら「空白の五マイル」と呼ばれる伝説の地を目指した冒険譚だ。


 記者はつい登場人物に感情移入して読んでしまう。「滑車とワイヤーの間に手をはさんでいたらしく、皮がぺろっとむけ血がにじんでいた」。痛みに弱い記者はまずここで戦意喪失である。「ダニの咬傷はどんどん増え、そのうち表面から隙間がなくなってしまうくらい、私の体はかゆいぶつぶつに覆われた」。記者は痒さにも弱い。「小型テレビくらいの落石が左肩を直撃し、あやうく死ぬところだった」。もう嫌だ。さらに死ぬ思いまでして目指した場所は「濃い緑とよどんだ空気が支配する、あの不快極まりない峡谷」だった。ああ。何をしたいのだ。


 「死ぬかもしれないと思わない冒険に意味はない」。全く共感できない。でも角幡さんとともに苦痛や疲労、空腹、絶望を味わいながらだったから、それらが脳ではなく身体に刻まれたような不思議な読書体験である。物語の中でなら自分では絶対行けない場所に連れて行ってもらえる。(2024.05.19 No.125)

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