『水車小屋のネネ』(津村記久子著)
ネグレクトに近い状況だった理佐(18)と律(8)の姉妹が家を出て、2人だけで生活を始める。現実ならその時点で福祉につながるケースかもしれない。新生活のスタートを切れてたとしてもいつ破綻するか分からない。それは往々にして悪循環につながる。姉妹を支え、悪循環を断ち切ったのは他者の小さな良心の集まりだった。
津村記久子さん著『水車小屋のネネ』(2023年3月、毎日新聞出版)はそんな物語だ。何も事件は起こらない。川が流れる山あいの町で、水車小屋にいる話す鳥ネネとともに、姉妹の穏やかな生活が続く。理佐は「彼ら(の良心)に寄りかかるのではないけれども、それぞれをその場その場で頼りに」した。
「自分はおそらく姉やあの人たちや、これまでに出会ったあらゆる人々の良心でできあがっている」と、成長した律は思う。人間は他人の気持ちを思いやる良心、共感を生まれながらに備えているという。今度は、押しつけがましくない姉妹の小さな良心が、新たな登場人物たちに影響を及ぼしていく。良心は意図しなくても循環する。
そんな小さなコミュニティの日常の40年が10年ごとに描かれる。記者とほぼ同世代、物語の最初は18歳と8歳だった姉妹も中年になる。コミュニティのメンバーも入れ替わる。496ページという長編。いつまでもこの善意に満ちた世界に浸っていたいと思うのに、続編を読みたいとは思はない。40年という長い年月を描くことで、姉妹のこれから先の穏やかな生活をも想像させる力を作品が持っている。だから、このまま作品世界を完結して物語を閉じこめてほしいのだ。(2024.06.11 No.128)