『〈あの絵〉のまえで』(原田マハ著)
「取り合わせ」という俳句の作り方がある。「季語」と日常生活で見つけた「タネ」をもとにした12音を組み合わせる方法だ。いつまで経っても初心者の記者もこの方法をよく使う。原田マハさんの短編集『〈あの絵〉のまえで』(2022年12月、幻冬舎文庫)を読んで、思い出した。
本書には、どの掌編にも、一編の物語=タネに、一幅の絵=季語が出てくる。物語と絵に直接の関係はないが、季語が俳句全体の気分を決めるのと同様、絵が物語の強いアクセントになっている。
例えば、一人息子を山で亡くした夫婦が息子の短い生涯を回想する「聖夜」。季語に当たる絵は東山魁夷の『白馬の森』だ。幻想的な青い森と白馬の「青い湖の底のように、しんと静まりかえった一枚の絵」が、読者を透き通った別世界に連れていく。
取り合わせはタネをつくったあとに季語を決めるのが定石だ。が、本書の場合、いずれの絵も国内の美術館で実物を見られるものであり、絵が先にあり、物語が組み立てられたのだと想像する。
俳句の季語は、具体的なイメージを喚起し、さまざまな連想を広げる役割を果たす。俳句も絵画も受け取り方はひとそれぞれでいい。本書では、一幅の絵が著者のインスピレーションを刺激し、連想を広げた結果、作品となったのだろう。それが原田さん流の絵の解釈にもなっている。実際にそれぞれの美術館に足を運んでみたくなる。(2024.07.07 No.131)