本のこと

現場がある面白さ

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『俺たちの箱根駅伝 上下』(池井戸潤著)

 三浦しをんさんの『風が強く吹いている』など箱根駅伝をテーマにした作品は多い。寄せ集めの関東学生連合チームも堂場瞬一さんが書いている(記者は未読)。現実でも青山学院大学の原晋監督が率いた08年の学連チームは4位(参考記録)と大健闘している。設定はありふれている。それでも、抜群に面白くてかつ泣けた。池井戸潤さん著『俺たちの箱根駅伝 上下』(2024年4月、文藝春秋)である。


 上巻のチームビルドはピリッとしないまま、1月2日の本戦を迎える。ある意味、寄せ集めチームをまとめる難しさがリアルに描かれている。下巻のレースは、青学が強すぎる現実の箱根駅伝の中継を見ているより面白かった。一気に読んだ。


 新聞記事でもスポーツ欄は面白い。他の欄に比べ文章が生き生きしているし、臨場感が圧倒的だ。なぜか。現場があるからだ。例えば1面のG7会議。各国首脳らが議論する場に、記者が入れる訳ではなく、あとで担当者の説明を聞いて書く。書くのは合意内容だけ。会議の雰囲気や各首脳の表情はない。


 ところが、スポーツは現場で記者が自分の目で見てそれらを表現する。力量が問われる。さらに、記事にどれだけ奥行きを持たせるかは選手らへの事前取材がものを言う。勝負の一瞬に記録だけでなくストーリーを持たせる。本書で辛島アナウンサーらテレビクルーがコツコツと選手ひとり一人の人となりを取材した結果のように。


 本書はそんなスポーツノンフィクションの大前提のもと、フィクションの池井戸節が随所にこれでもかと入り、ゴールまで疾走する。「ドラマは敗者にこそ宿る。箱根駅伝とは畢竟、敗者の美学そのものだ」「世の中には実を結ばない努力もあるだろう。だが、何も生まない努力なんかない」。年1回フルマラソンを走っているので、長距離走の大変さは多少共有できる。泣かない訳がない。ネットでレビューをみるとドラマ化を期待する声が大きい。だが、記者は新聞のスポーツ欄同様、『俺たちの箱根駅伝』は活字で味わいたい。(2024.07.14 No.133)

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