本のこと

墨の香

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『板上に咲く』(原田マハ著)

 読んでいると、墨の香が漂ってくるようだった。原田マハさん著『板上に咲く』(2024年3月、幻冬舎)だ。ゴッホにあこがれ、世界のMUNAKATAになった棟方志功の半生を妻チヤの視線で描いたアート小説。記者は棟方の版画が好きで、以前評伝を読んだことがある。自殺したゴッホなど原田さんがこれまで小説で手掛けてきた画家と違い、生前に高い評価を得ており、サクセスストーリーとして家族愛の物語として安心して読める作品だ。


 日本の浮世絵に心酔したゴッホ。「ワぁ、ゴッホになるッ!」とまで思い詰めた棟方。どちらも亜流になりかねない模倣を通して、一度見たら忘れられない個性的な画風を確立した2人だ。世界的な画家に影響を与え、世界的な版画家を生んだ日本を改めて見直したくなる。

 旅行先の静岡・伊東で読んだ。池田20世紀美術館を訪ね、ルノワール、シャガール、ピカソ、ダリ、ムンク…と、そうそうたる絵を見てきた。棟方と同じ古事記を題材にした企画展が開催中だった。館内の広い空間にはずっと油絵の具の匂いがしていた。台風10号に伴う雨が屋根を叩き続けていた。絵は目だけで鑑賞するものではない。全身で感じるものだ。


 原田さんのアート小説を読む際は、取り上げられた作品を画像検索するため、スマートフォンが手放せない。インターネットの便利さは捨てられないが、所詮ファスト鑑賞。いつかは本物を感じてみたい。棟方の版画からは妻チヤが磨った墨の匂いがするのだろうか。(2024.09.02 No.140)

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