『傲慢と善良』(辻村深月)
婚約者が忽然と姿を消した。宮部みゆきさんの『火車』のようなミステリーかと思った。装丁もミステリーを思わせる。辻村深月さん著『傲慢と善良』(2019年3月、朝日新聞出版)だ。実際、全体の3分の2を占める第1部は、失踪した婚約者を捜索するミステリーとして読める。第2部は帯にある「圧倒的な恋愛小説」として楽しめる。夏に読んだ辻村さんの青春小説『この夏の星を見る』とは全く違うジャンル。多才である。共通するのは心理描写の的確さだ。婚活をテーマに人間の内面と他者との関係性を描き切っている。
「ささやかな幸せを望むだけ、と言いながら、皆さん、ご自分につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ。ピンとくる、こないの感覚は、相手を鏡のようにして見る、皆さん自身の自己評価なんです」
婚活で出会った相手との結婚に踏み切れない理由として挙げられる「ピンとこないから」についての、結婚相談所を営む女性の回答だ。この女性は「皆さん、謙虚だし、自己評価が低い一方で、自己愛の方はとても強いんです」とも言う。
「俺のことだ」と後ろめたく思わざるを得ない。30年以上前の結婚のことではない。今の自分だ。こうありたい自分とはかけ離れた現実の自分。分かっていながら、ギャップを認めたくない。一方で自分に厳しくできない。だから自分には甘い点数を付け、そんな歪んだ自分というフィルターを通して他者を見る。結果、他者に傲慢になる。本書は自分のダークサイドを突きつける。
多くの人が我が身を振り返り「分かる」とうなずき、嫌な気分になりながらも「言い当てている」と自分を省みざるを得ないから、初版から5年たっても書店の目立つ場所で平積みになり、100万部の売り上げにつながったのだろう。読者は本書を鏡のようにして読む。本書の感想は読者自身の自己評価なのである。(2024.09.25 No.144)