『PERIL危機』(ボブ・ウッドワード著)
いつかはあんな本を書いてみたいと思って記者になった。足元にも及ばず終わりそうである。米ワシントン・ポスト紙ボブ・ウッドワードさんの『PERIL 危機』(日経BP)を読んだ。4年前の米大統領選挙前後を描いた。トランプ元大統領が「選挙は盗まれた」と敗北に納得せず、あおられた支持者が連邦議会に突入した映像は世界を震撼させた。ウッドワードさんはいつものようにバックグラウンドという手法で、その時々の政権内部を見てきたように活写する。
それ以上に、読者を引きつけたのはやはりニュースである。本書によると、議会襲撃事件は中国軍を緊張させた。ナチスが起こしたドイツ国会議事堂放火事件をトランプが再現しようとしているのではないか。同じような混乱をもたらすためにトランプ氏は核のボタンを押すのではないか。一触即発の危機に米中軍幹部のホットラインが活発化していた。知らなかった。ウッドワードさんが掘り起こさなければ明らかにならなかったまさにニュースであり、政治・軍事スリラーである。
このエピソードが冒頭に置かれ、一気に引き込まれる。それ以降はどこまでが周知の事実なのかニュースなのか記者には不明なエピソードが重ねられ、物語は進んでいく。本書には「退屈な読み物」という評価もあるようだが、米中緊張のエピソードを記しただけでも歴史的な価値のある1冊になっている。
今は4年後の2024年12月。それでも米国はトランプ氏にこれからの4年間を託し、バイデン氏から、当時のCIA長官が「癇癪持ちの六歳児」と評した人物への政権移行が進んでいる。21年12月に発行された本書は「危機は残っている」と結んでおり、トランプ氏再来の可能性を予見していたように読める。ウッドワードさんは、高齢が懸念材料となったバイデン氏とほぼ同じ81歳。ノンフィクションだけでなく評論もぜひ読んでみたい。(2024.12.03 No.148)