本のこと

「決定版」マイナス

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

『宿命の子 安倍晋三政権クロニクル』(船橋洋一著)


 第2次安倍晋三政権(2012~20年)を検証した、船橋洋一さん著『宿命の子 安倍晋三政権クロニクル』(24年10月、文藝春秋)は、上下巻全約1200ページ。読み応えがある、というより圧巻である。ここまでくると同業者として嫉妬すらしない。とても80歳の仕事とは思えない。


 政局について書かれたノンフィクションは多いが、政策については少ない。あっても特定の分野に限られる。さらに日本の新聞ジャーナリズムは、将来の政府方針を半日でも早く報じることに血道を上げ、検証作業はおろそかだ。検証本はあまり手掛ける人がいないブルーオーシャンではあるのだが、凡庸な記者にはとてもできない。いや、これは著者にしかできない仕事だ。

 本書は、20年の首相退任から銃撃されて死去するまで19回の本人インタビューをベースに、日米中などの要人約300人を取材。経済から安保、歴史まで幅広い政策課題を網羅したことで安倍政権の政策に関する本の「決定版」となっている。これ以上の本は出てこないだろう。


 特に、靖国や北方領土問題などの戦後に引き継がれた課題について、政策決定過程の舞台裏を描くことで、歴史的背景や対立する考え方を浮き彫りし、現代を考察する糸口にもなっている。大変勉強になった。


 本書は「安倍の保守は『開かれた保守』だったと言ってよい」などと極めて好意的な総括をしている。一方で、負の遺産にはほとんど触れていない。公文書を書き換えた森友問題や桜を見る会での地元後援者への過剰接待については「安倍は身内に甘く、身の周りの危機管理で躓いた」と論評するにとどまっている。批判を前提とした本となれば、インタビューを受けてもらうことさえかなわないだろう。それは分かっているのだが、政策については「決定版」であるだけに、画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く。「決定版」の右肩に「-(マイナス)」の記号を付けざるを得ないのが本当に残念である。(2025.05.15 No.166)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加