『庭仕事の愉しみ』(ヘルマン・ヘッセ著)
ヘルマン・ヘッセ著『庭仕事の愉しみ』(1996年6月、草思社)を読んだ。子どもの頃『車輪の下』は読んだのだが、内容はほとんど覚えていない。今頃になって手に取ったのは、ヘッセがメンタルの不調に苦しんでいたと知ったからだ。そこからどう抜け出したのか。『地獄は克服できる』(2020年6月、同)と併せて読んだ。
「土と植物を相手にする仕事は、瞑想するのと同じように、魂を解放し、休養させてくれます」「私は、1日をアトリエでする時間と庭仕事をする時間に分けています。庭仕事は瞑想と精神的な消化のためのもので、そのため私は独りだけでそれをします」「この世界に私がまだ殺されなかったのは、二つの幸運な事情のおかげです。そのひとつはわたしが先天的に自然と深くつながった性格を多分にもつという事実であり、もうひとつは、詩文を書くという境遇のおかげなのです」
記者が入り浸っている小学校の特別支援教室でも畑仕事は活動の中心だ。即物的に言えば、作業療法の一種だ。野外活動で精神を安定させるセロトニンを活性化させ、植物の世話をすることで愛情ホルモンであるオキシトシンを分泌させる。さらに没入によりマインドフルネスな状態に入る。前者の2つの幸せホルモンについては最近の脳科学で明らかになったことだが、ヘッセは文筆とともに庭仕事への没入を精神療法的に取り入れていたことが分かる。
記者も小さな菜園を借りて野菜を作っている。気がつくと植物に集中している。枯れた葉はないか。欠くべき芽は残っていないか。害虫はいないか…。水を遣り、雑草を取り除く。余計なことを考える余裕はない。そんな中で最近、今季初めてキュウリ、ナス、アマナガトウガラシを収穫した。去年はうまく育たなかった枝豆も順調だ。とても清々しい気分になる。幸せホルモンの分泌が増えていそうだ。メンタルの不調に効くこと請け合いである。
それにしても美文だった。世界的な大文豪・詩人をつかまえて美しいというのは生意気にもほどがあるが、本書は庭仕事同様、セロトニンを分泌させ癒やされる。手元に置いておきたい1冊である。(2025.06.20 No.171)