『アフター・ユー』(一穂ミチ著)
謎解きに頭を持っていかれ、タイトルの意味を理解しそこなったまま読み終えてしまった。一穂ミチさん著『アフター・ユー』(2025年11月、文藝春秋)である。狭い道などで相手に先を譲る「お先にどうぞ」という本来の意味では、本書の内容にそぐわない。
恋人の多実が見知らぬ男性と五島列島の遠鹿島で海難事故に遭い、行方不明になったというしらせが青吾のもとに届く。事故の真実を求めて、男の妻、沙都子と現地に向かう。記者の好きな私立探偵リュウ・アーチャーものに出てくる人探しがテーマだ。帯に〈多実の人生のかけらを拾い集める旅は、青吾自身の過去をも照らしながら、思いも寄らぬ場所へとふたりを導く〉とある。横溝正史の金田一耕助シリーズのようで、ミステリーとしても楽しめる。
だが、著者が書きたかったのは「不在と喪失の物語」だという。青吾が多実に〈先に行っててくれ。俺もそのうち追いつくから〉と語りかける場面があった。多実がいなくなった後の青吾の人生、アフター・ユーもあまりに安直である。最後の数十ページを読み直してやっと気づいた。著者は、多実や青吾の母親の、他者を優先する自己犠牲的な生き方を「アフター・ユー」の一言に込めたのだろうと。「私はあとでいい。あなたが先にどうぞ」。
そんな生き方は青吾に受け継がれる。〈僕はこの先、出口さん(沙都子)やお子さんに何か困ったことがあったら、いつでもどこでも駆けつけて、必ず力になります。(中略)きっと母も、そんな気持ちで多実や波留彦さん(沙都子の夫)を見てたんやと思います。〉
不在と喪失の物語の先に希望が立ち上がる。ヒューマン・ドラマとしても面白い。理解し難かったタイトルの妙が生み出した一粒で二度おいしい小説である。(2026.02.23 No.191)