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続・耐える力

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『生きる力』帚木蓬生著

 容易に答えの出ない事態に耐えうる能力、ネガティブ・ケイパビリティについて、前回(「耐える力」10月9日記事)書いた。では、どうすればその力は、身につくのか。出版年はこちらの方が4年ほど早いのだが、その方法が書いてあるのが、『生きる力 森田正馬の15の提言』帚木蓬生著、朝日新聞出版、2013年6月)だ。


 森田正馬(1874~1938年)は精神科医。「森田療法」と呼ばれる心理療法を開発した。薬を用いず、現在も学校現場や職場のメンタルヘルスで実践され、認知行動療法にも取り入れられている。同じ精神科医である帚木さんが臨床のなかで患者に応用し、一般人にもそして自らも生きる指針としてきた療法だ。


 森田療法で興味深いのは、症状を詮索しない、患者の過去の来歴を一切問わない点だ。「ひたすら現在の生きざま、動きのみを問題にします。なぜなら、人が変えられるのは現在、今の事象であり、過ぎ去った出来事ではないからです。今の目の前の一瞬に、一生をかける。森田療法の真骨頂は、ここにあります」


 世の中、ポジティブ・ケイパビリティ(問題に対してすぐに答えを出す能力)では解決できないことだらけ。下手にあがけばメンタルを壊しかねない。では、ネガティブ・ケイパビリティ(容易に答えの出ない事態に耐えうる能力)はどうしたら身に付くのか。


 「ひたすら見つめる。考えるのは二の次です」。すると「自分の憂いも、そのうち小さなものに思えてきます」。さらに「休めば休むほど、悪魔の手がつかみかかるのです」。だから「考える暇があったら、外相を整える。目の前にあるさまざまな〈仕事〉〈雑用〉に手を出す。次々と手を出す。そのうちに、考えていないのに、外相を整えた産物として、考えが生まれ、内相が整うのです」


 ここまで来て最近流行りの言葉を思い出した。マインドフルネスだ。人は、過去の失敗や未来の不安を思い悩み、自分でストレスを増幅させている。そうした心ここにあらずの状態から抜けだし、心を「今」に向ける状態のことだ。そのための方法として瞑想が有効だという。


 以前から日本、東洋にあったが身近にありすぎて気にも留めなかった考えだ。米国で新しい名前を与えられて、大手IT企業などが取り入れたことで話題になり、逆輸入された。容易に答えの出ない状況を乗り越え、心安らかに過ごす方法は、古今東西同じなのかもしれない。(了)

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