本のこと

20世紀のメタバース

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『パプリカ』筒井康隆著

 筒井康隆著『パプリカ』(新潮文庫、1993年)を読んだ。長男が「アニメ(2006年)は面白かったよ」と教えてくれた。映像化された作品を見る前に必ず原作を読むようにしている。

 中学生の頃、星新一さんのショートショートを卒業し、筒井さんのSF、タイトラベルの『時をかける少女』(67年)や核戦争を描いた『霊長類南へ』(69年)、読心能力の『家族八景』(72年)、『七瀬ふたたび』(75年)、『エディプスの恋人』(77年)の七瀬三部作に夢中になった。筒井作品はウン10年ぶりに読む。

 さて、2022年の今、『パプリカ』を読んで刮目すべきは、3次元の仮想空間である現在のメタバースの世界を20世紀末の段階で描いている点だ。夢探偵パプリカとして他人の夢とシンクロして無意識に侵入しながら精神病を治療するサイコセラピストの千葉敦子らが、人格の破壊も可能なほど強力な最新型精神治療テクノロジーの争奪戦を繰り広げるという筋書きだ。物語は現実と夢が混交しながら進み、徐々に区別がつかなくなっていく。

 本人の代わりとして夢に登場するのは、若侍の姿だったり、虎だったり。最後にはグリフォン(タカの上半身とライオンの下半身を持つ伝説上の生物)や大日如来、不動明王まで出てくる。こうした登場人物たちはメタバースの中のアバター(ゲームやネットの中で登場する自分自身の「分身」を表すキャラクター)と置き換えられる。

 人が見ている夢をディスプレーに映し出せる機械などあったら面白い、さすが鬼才、近未来のメタバースを予想していたのでは?と中盤までわくわくしながら読んだのだが、前述の登場人物たちの顔ぶれを見れば、スラップスティック(どたばた劇)となるのは想像がつく。どたばた劇は筒井作品の一つの系譜をなしてはいる。記者は論理の破綻なくパラレルワールドが描かれたSF作品が好きなだけに、ちょっと残念な終わり方だなどと思っていたが…。

 ここまで書いて思い至ったことがある。これは夢の中の話なのだ。夢は破綻の連続であり、どたばた劇であるに決まっている。それに気づいて、読者もやっと夢から目覚めるのかもしれない。(2022.11.18)

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