本のこと

長編か短編か

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『地図と拳』(小川哲著)

 4年を超える連載と巻末8ページにわたる参考文献。全640ページ。重い。厚い。物理的にも内容的にも重厚な長編小説だった。小川哲さん著『地図と拳』(集英社、2022年6月)である。日露戦争前夜から第2次世界大戦までの半世紀、満州の架空の都市を舞台にした「歴史×空想小説」だという。タイトルへの興味と直木賞・山田風太郎賞受賞作の帯に惹かれた。


 大著だと思う。地図は国家であり、拳は戦争だ。舞台設定の巧みさに唸り、「燃える土(石炭)」をめぐる日中ソの攻防の描写にワクワクした。だが…。満州の物語である。ごめんなさい。どうしても比べてしまうのだ。浅田次郎さんの『蒼穹の昴』シリーズ(『マンチュリアン・リポート』は本書の参考文献に上がっていた)と。船戸与一さんの『満州国演義』と。


 『満州国…』は9年の歳月をかけ文庫9巻で完結、船戸さんの遺作となった。30年近く書き継がれている『蒼穹…』は文庫14巻と単行本1冊が刊行され、新作も予定されているという。


 失敗の象徴、満州は史実だけで十分物語として魅せられる。「×空想小説」で現実を超えることはできなかった(あくまで記者の感想です)。


 それに、物語をつくるのは人だ。『蒼穹…』は、浅田さんに造形された実在の人物たちが史実の中で生き生きと動いていた。『満州国…』の語り部でもある主人公の4兄弟は架空の人物だが、それぞれの怒りや葛藤、諦念といった思考や感情の変遷を9巻という長い付き合いの中で共感した。本書の登場人物たちもそれぞれは魅力的なのだが、主要人物が多すぎた。その何人かはかなりの紙幅を割きながら物語の本線にかかわらないまま放逐された。記者は感情移入できないまま物語が終わってしまった。


 中国には一度だけ行ったことがある。1994年のことだ。モノトーンの国だった。雨上がりの曇り空の下、広大な空き地に灰色の建物が建ち始めていた。黒っぽい人民服?を着た人々が黒い自転車に乗って通り過ぎていく流れは尽きることがなかった。圧巻だった。大陸のスケールの大きさを目の当たりにした。本書は640ページの長編ではあるが、空間、時間ともに壮大なスケールを描き切るには小編だったのかもしれない。(2023.04.15)

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