本のこと

緊張感

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『新宿鮫ⅩⅡ 黒石』(大沢在昌著)

 待望のシリーズ最新刊である。第2部のスタートとなった前作から3年ぶり。大沢在昌さんの『新宿鮫ⅩⅡ 黒石』(光文社、2022年11月)だ。中国残留孤児2、3世組織の内部抗争から起こった殺人事件を主人公、新宿署の鮫島警部が追う。警察小説はあまり手に取らないが、新宿鮫だけは学生時代からずっと読み続け、30年以上が経つ。これだけ緊張感を持ちながら没入できるシリーズをほかに知らない。

 新宿鮫は、最後に全てが種明かしされる推理小説ではない。ドストエフスキーの『罪と罰』や『刑事コロンボ』のように、はじめから分かっている犯人を追い詰める過程を描くのとも違う。そのミックスと言えるだろうか。

 鮫島が捜査の過程で一つ一つ手掛かりを得ることで、部分部分が見えてくる。だが、部分同士のつながりを知るには別の手掛かりが必要だ。関係者を割り出し、一人ひとりに当たり、情報のピースを当てはめていく。作中には、犯人の視点で描かれる場面も挿入される。読者は、鮫島らが捜査で得る手掛かりを共有する一方で、犯人のイメージを膨らませ、推理しながら一歩ずつ全体像に迫る。実際の事件捜査や記者の取材に近い手法を追体験する。それが作品に緊張感を生む。

 緊張感をもたらすもう一つは畳みかけるような会話と駆け引きだ。事情聴取や捜査陣の情報共有のための会話は丁々発止。犯罪者側も有能だ。登場人物が多く、関係は複雑だ。ときどき「この人誰だっけ」と後戻りしたくなるのだが、心配は無用。

 「話を整理するぞ」。鮫島や鮫島の理解者でもある鑑識の藪らがこう言って、もう一度内容を繰り返してまとめてくれる。だから読者は立ち止まることなくスピード感をもって最後まで一気に読めてしまう。ただ、今回の内容は前作『ⅩⅠ 暗約領域』から続いている。先にⅩⅠを読むことをお勧めする。(2023.04.18)

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