本のこと

旅に出たい

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『失踪願望。コロナふらふら格闘編』(椎名誠著)

 旅に出たい。最近思う。ゴールデンウィークに家族と出掛けた小旅行が楽しかったからだ。しかしサラリーマン、そう簡単に休みを取れるわけではない。旅行文学を探した。ちょうど、TBSラジオで俳優の斎藤工さんによる『深夜特急』(沢木耕太郎著、新潮社、1986年5月)の朗読を聞いている。学生時代に読んだ。懐かしくはあるが、56歳の記者には重ならない。また再読より朗読を楽しみたい。ジャック・ケルアック著『オン・ザ・ロード』(河出文庫、2010年6月)も時代と舞台が違いすぎて、ピンとこなかった。


 椎名誠さん著『失踪願望。コロナふらふら格闘編』(集英社、2022年11月)を手に取った。シーナさんの本は何十年ぶりかである。シーナさんの場合、旅というより探検。自分に重ねるのはもっと難しいのだが、本の帯には「78歳」「よろよろ」という活字が並ぶ。疑似体験できる小旅行のエピソードをユーモラスに紹介してくれるのではと期待した。


 早とちりだった。中高生のときに読んだ、世界中を飛び回り、あびるほど飲む、豪快なシーナさんは影をひそめていた。タイトル通り「願望」だった。コロナ、罹患、後遺症、進む老い、募る失踪願望…。それらを日記と感染記などでつづっている。


 「ぼくも自身のことを考えると、未来への心許なさばかりが浮かぶ」「いまも時々、急に原稿を書こうと思って夜中に机に向かうことがあるが、あれもひょっとして現実や日常から離れた世界を書くことで逃げているのかもしれない」


 あのシーナさんでもこんな弱気になるのかと驚く。と同時に、正直に弱音が記されたことで、高齢期の普遍的な不安を教えてもらった。次に何が来るのか。一般論であっても知っておくことは大きな備えになる。本書で人生という旅の終盤(高齢期)を疑似体験させてもらった。(2023.05.20)

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