『音楽は自由にする』(坂本龍一著)
3月に71歳の若さで他界した坂本龍一さんの個人史『音楽は自由にする』(新潮社、2009年2月)をもとにバイオグラフィーワークの手法を使い“教授”を振り返りたい。バイオグラフィーワークとは、ドイツの思想家ルドルフ・シュタイナーの人間観をもとに、人生の軌跡の中から生きる意味を探究するものだ。改めて意識化することで新しい自分と出会い直し、次につなげる。メンタルの不調に陥った記者も3月までの半年間、月2回のペースで専門家について、自分の人生を見つめ直す貴重な経験をした。
坂本さんの場合、もちろん新たな音を作り続けた世界的な音楽家というベースはある。が、記者が注目したのは、変化、いや進化し続けた点だ。音楽もクラシックから先見性のあるテクノポップ、民族音楽、映画音楽と幅を広げた。それ以外のアート、哲学などにも活躍の場を求めた。
浅田彰さんや中沢新一さんらアカデミズムの最先端の人たちとの対話が成り立つ理由について、坂本さんは「現代音楽が20世紀に入って抱えていた問題は、同じ時代の思想や他分野の芸術と共通だというふうに感じていた。ポストモダンとか、そういう音楽以外の運動や概念の要点を、ぼくは音楽的な知識や感覚を通じて理解することができた。それまでに音楽で同じようなことを考えたり実践したりしてきたから」だと語っている。
シュタイナー思想では教育同様、0~7歳を第1・7年期、7~14歳を第2・7年期と、発達段階を7年ごとに分ける。それぞれの時期にそれぞれの課題があり、その人を形作った経験とともに成長がある。それは個人的な経験でありながら、あらゆる人に通底する要素があるという。本書によると、坂本さんは人としての基礎を作る21歳(第3・7年期)までに、なりたい職業がなかったという。音楽に浸りながらも音楽で身を立てようとも思っていなかった。だが、逆にその融通無碍さが後に世界を広げるのに役立ったと言える。
坂本さんは49歳のとき、ニューヨークで同時多発テロを体験している。バイオグラフィーワークでは、この年齢までは葛藤の時代とされ、社会に対し問いかける時期だ。坂本さんはその後、世間的な価値観から「自由に」なり環境や原子力のなどに対する社会活動に深くかかわるようになった。人は63歳まで精神を成長させ、以降は次の生への準備段階だと考えられている。本書はムーンノードといわれる人生の大きな節目を超えた第9・7年期の最初の年57歳で終わっているが、坂本さんの死去を受け、亡くなる直前までを描いた続編も刊行された。音楽で自由になった巨人が死を前に何を考え、伝えたのか。ぜひ読んでみたい。本書執筆時、教授57歳。記者も先日同い年になった。合掌。(2023.07.02)