『アノニム』(原田マハ著)
原田マハさんのアート小説『アノニム』(角川文庫、2017年6月)。絵付きの登場人物紹介にラノベみたいと敬遠していたが、ちょうど読む本がなくなったときに、図書館で視界に入った。読み始めるとラノベ的ではあるが、個性的な登場人物、最先端のガジェット、香港のまちの喧騒、オークションの緊迫感…と、場面場面が立ち上がり展開の早い映画を見ているようだった。
米抽象表現主義の画家ジャクソン・ポロックの架空の傑作「ナンバー・ゼロ」が香港でオークションにかけられることになった。一方、アーティストを夢見る香港の高校生に“アノニム”と名乗る謎の窃盗団からメッセージが届く…。
ポロックについて記者は、絵の具をまき散らしたような画風に「現代アートはよくわからない」と敬遠していたのでほとんど知らない。本書と同じだ。が、背景を知って楽しめた。本書によると、ポロックは天才ピカソにあこがれ、ピカソを超えようとしていた。そして、新しい表現、自分だけの表現を追い求めた結果が、アクション・ペインティングであり、絵の具がほとばしる画風だった。
背景を知らないと楽しめないという意味では、正岡子規の「鶏頭の十四五本もありぬべし」と似ている。この句も記者のような素人が字面だけ追っていては何も響かない。庭先にある鶏頭を見ることもできない寝たきりの子規が想像して詠んだというエピソードを知り、鮮やかな色彩を帯びる。鑑賞の楽しさが一気に広がる。
本書は一幅の絵画を、映画のようなエンターテイメントを構成する舞台装置の一つとして描いているが、従来作品のように画家その人にフォーカスし新たな解釈を加えた原田さんだけの表現、もっと深いポロック小説も読んでみたい。映画『オーシャンズ11』のような『アノニム』のシリーズ化とともに、是非、と期待したい。(2023.07.21 72回)