『老いる意味 うつ、勇気、夢』(森村誠一著)
第2次世界大戦中に関東軍731部隊が満州で行ったとされる生物兵器研究や人体実験を告発した森村誠一さんの『悪魔の飽食』を読んだのは高校生の頃だったと思う。強い印象を受けた。こんなノンフィクションをいつか書いてみたいと思った。
それから40年。森村さんが過日、90歳で鬼籍に入った。新聞の訃報で老人性うつ病を患った自らの体験を書いたという『老いる意味 うつ、勇気、夢』(中公新書クラレ、2021年2月10日)を知り、手に取った。
しかし、大きな文字と広い行間28ページの闘病記は、同様の疾患に苦しむ記者には響かなかった。「私のように忙しすぎたことから心と脳がつかれてしまう場合」という原因は、82歳のフリーランスには似つかわしくない。「赤裸々に告白したつもり」と言うが、「読者に夢を与える作家は、弱い一面を見せてはいけない」と一度は執筆を断っている。何かを敢えて避けている印象を持った。本書は以降、食事、睡眠、趣味を含め森村さんが考える老年期の心構えがつづられているのだが、記者でも知っている一般論ばかりで、新味はなかった。
森村さんの代表作『人間の証明』で使われた「母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね」で始まる西条八十の詩「ぼくの帽子」を思いだした。期待が大きかっただけに「母さん、あの社会派ノンフィクションは、どうしたんでせうね」と。だが、ここまで書いて考えた。本書執筆時88歳。森村さんは身をもってそのギャップを示すことで、取りも直さず「老いとは」を赤裸々に伝えたのではないか。老いの現実を、そして人は死ぬのだと。ご冥福をお祈り申し上げます。(2023.07.28 76回)