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作家の業

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『くもをさがす』(西加奈子著)


 語学留学先のカナダ・バンクーバーで乳がんに罹った人気作家、西加奈子さんが発覚から寛解までの8カ月を記した話題のノンフィクションである。『くもをさがす』(河出書房新社、2023年4月)だ。本書は闘病記の枠を超えている。日記形式で「もう許してください」と弱音を吐く一方で、自分の感情を俯瞰し、分解し、解像度を高めた結果「恐れ」という核を見つける。また、日本とカナダの医療体制や社会の在り方の比較にも踏み込んでおり、興味深い。

 コロナ禍、異国の地でのがん罹患という絶望的な状況をリアルに、だが希望と関西弁が持つおかしみを武器につづられる。そこには西さんの小説に出てくるのと同じ、魅力的な家族や友人、医療関係者らが登場する。


 「私自身、治療中もずっと書いていた。(中略)とにかく書くことは、私にとって絶対に、絶対に必要な行為だった」と強調する西さん。日記から始まり、「出版の予定はなかった」本書をいつしか「あなたに、これを読んでほしい」と思うようになったという。弱り切った自分をも客体化して書き、それを伝える。書くことで生を確認していたい、と思う作家のカルマ(業)のなせる業だろう。このブログのフロントページに引用した夏目漱石と同じだ。西さんも骨絡みの作家なのだ。その気持ちは物書きの端くれの記者にもよくわかる。


 一読者に最も響いたのは「『死ぬこと』は、驚くほどありきたりなのだ」「人生は一度きりで、一切の保証はない」という忘れがちな事実を、西さんが身をもって思い出させてくれたことだ。人は喉元を過ぎると忘れる。決して悪いことではないが、災厄は忘れたころにやってくる。覚悟は持っていたい。「まさか私が」と慌てないよう、まず、妻に人間ドッグを勧めてみよう。(2023.09.04 83回)

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