『まいまいつぶろ』(村木嵐著)
口のきけない徳川9代将軍家重と、仕える大岡忠光の主従を超えた友情物語である。村木嵐さん著『まいまいつぶろ』(幻冬舎、2023年5月)だ。どこまでが事実でどこからがフィクションか分からない。でも、これだけ濃密で、しかも40年と長い信頼関係を築いた2人がうらやましい、とフィクションであることを忘れた。
口がまわらず、誰にも言葉が届かない。歩いた後には尿を引きずった跡が残るため、まいまいつぶろ(カタツムリ)と蔑まれた家重。麻痺を抱え廃嫡を噂されていた。ただ一人、彼の言葉を解する忠光の口を経て伝わる声は本当に家重のものか。
途中、視点が定まらず、話し手が誰か分かりにくい場面もあるが、テーマは斬新だ。二人の出会いと別れは感動的だ。滂沱である。家重の障害と将軍継嗣という大きな定め。仕える忠光にも自分の思いを口にすることができないという枷が課せられている。
8代吉宗が忠光に「友として上様をお支えせよ」と命じる。実践してきた忠光は最後、家重にこうまで言わせる。
「口がきけずに幸いであった。そのおかげで、私はそなたと会うことができた。もう一度生まれても、私はこの身体で良い。忠光に会えるのならば」
将軍という立場でさえなければ、この2人はもっと生きやすかったのではないかという歴史の「もし」が頭をよぎる。だが、大きな制約があったからこそ強く育まれた友情物語なのだ。幸せとは何かと考えさせられる。(2023.11.04 No.99)