本のこと

死の風景

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『夜明けを待つ』(佐々涼子著)

 黒々とした厚い雲の隙間からわずかにのぞく太陽が空に光のグラデーションをつくる。夜明けを待つ―。自分の死と向き合うとはそんな気持ちなのだろうか。表紙の写真のような心象風景が広がるのだろうか。


 佐々涼子さんの『夜明けを待つ』(2023年11月、集英社インターナショナル)を読んだ。悪性の脳腫瘍に罹った佐々さんは間もなく生涯の幕を閉じるという。本書は佐々さんがこれまで書き、書籍化されていなかったエッセイとルポを、病気が判明した後に1冊にまとめたものだ。病を得た後に書かれたのは「あとがき」だけだ。記者の悪い癖であとがきを先に読んでしまう。


 死の受容には否認、怒り、取引、抑うつ、受容の5段階があるされる。あとがきから伝わってくるのは最後の「受容」だけだ。その前段階はあったのかもしれない。病気に罹る前17年の「悟らない」に「あいも変わらず命が惜しい」という一文があるだけで、あとは刻々と表情を変える静謐な朝の、さわやかとさえ感じる心の持ちようが胸を打つ。その訳は本編を読むと分かる。

 「私の死生観は仏教のそれにとても近い」と佐々さんは書く。ノンフィクション作品で身内を含め他者の死を取材・執筆する中で、また、執筆に行き詰まり、インドやタイで仏教に取り組む中で得たものなのだろう。作家は死と向き合い考え続けてきた。だからこそ、「夜明けを待つ」ような心境に立てるのだと思う。


 本書は2023年に記者が読んだ本のベストだ。あとがきで「楽しかった」と過去形で書かれているのが悲しい。死を前に人々の幸せを祈る優しさが切ない。少しでも長く生きてほしい。佐々さんの書いたものがもっと読みたい。(2023.12.16 No.105)

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