本のこと

浄化の受け皿

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『リスペクト』(ブレイディみかこ著)

 ブレイディみかこさんの『リスペクト』(筑摩書房、2023年8月)を読んだ。ロンドン五輪後の2014年、同市が行ったソーシャル・クレンジング(地域社会の浄化)で住居を失ったシングルマザー達が「ソーシャル・ハウジング(公営住宅制度)を」と訴え、公営住宅の空き家を占拠した事件に着想を得たフィクションだ。


 日本にもソーシャル・クレンジングはある。21年の東京五輪では、野球・ソフトボールの会場として横浜スタジアムが使用された。横浜市は、周辺で野宿する路上生活者に移動を求め、代わりに寿町の簡易宿泊所を提供した。


 当時、路上生活者を取材していた。彼らの中には「寿にだけは行きたくない」と言う人たちがいた。「寿=生活保護受給」という構図の中で、「人の世話にはならずに、できるところまで一人で頑張りたい」という思いがあるからだ。その思いは、本書で言う彼らの「赤いバラ=尊厳」だ。


 横浜市の施策は一時的なものであり、路上生活者からは歓迎され、数十人が簡易宿泊所でその期間を過ごした。寿は浄化の受け皿となっていた。ただ、3畳1間の簡宿が憲法が定める最低限度の健康で文化的な生活を営む場とは言いがたい。寿の支援者たちも本書のシングルマザーら同様「安価な公営住宅」を用意することを求めている。


 公営住宅の老朽化、戸建ての空き家化は深刻な都市問題だ。空き住宅を生活困窮者に提供するという本書で紹介された実践は貧困問題と住宅問題を同時に解決する良いアイデアに思えるのだが。(2023.12.16 No.106)

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