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男に生まれて…

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『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(マリア・シュラーダー監督)

 映画好きの長男が鑑賞し、買ってきたパンフレットの表紙に惹かれた。チームを組んだ記者とテーブルに腰掛けながら話をするもう一人の記者。米ニクソン大統領を辞任に追い込んだ記者をロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンが演じた『大統領の陰謀』のオマージュだろうか。記者である自分を鼓舞しようと映画を見に行った。「男に生まれてごめんなさい」と思いながら帰ってきた。表紙の2人は女性だ。『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』である。
 NYタイムズ紙の女性記者2人が、ハリウッドの絶対権力者ワインスタインの性的暴行事件と隠ぺい工作を暴いた実話を映像化したものだ。
 映画の中で「いったい何人のワインスタインがいるのか」という台詞は耳が痛い。ワインスタイン関係者の男性に、裏金を使って事件をもみ消すことは男性社会では普通なのか、と主人公の女性記者が軽蔑のまなざしを向ける場面に、目を伏せたくなる。
 観客のほとんどは女性だった。醜悪な男性性を告発する映画を見たいと思う同性は少ないのかもしれない。これまで男性社会で生きてきた記者は、苦い思いとともに冒頭のような感想を持った。まだ22歳の長男は「自身の男性性を意識せずにはいられない。(中略)男性性帝国の十字架を背負う義務がある」と某映画レビューに書いている。
 「大統領…」、カトリック教会の神父による児童への性的虐待を同じく記者が暴いた『スポットライト』以上に報道するうえで難しかっただろうと思われるのは、被害者から実名で証言を得ることだ。取材に対し、話を聞かせてくれる人は意外といる。だが、記事にする段階になると、情報提供者の組織内での立場などから待ったがかかるのは日常茶飯だ。匿名を条件にしてもだ。それが、取材先の信頼を勝ち得、報道に踏み切ったタイムズの記者たちに敬服する。もう一つ「大統領…」との違いを挙げれば、特ダネをものにしてやろうというがつがつした男性性を、「SHE SAID」の女性記者には感じなかった。
 では、何がスクープを実現させたのか。産後鬱など女性であるが故にままならない現実を強いられていた記者が被害女性らに共感し、いたわるような調査を続ける。カメラはそんな地道な取材の様子を収めていく。被害女性らも証言するのは「使命」だと、記者らの思いに共感していく。共感は「私も被害者」と告発し、撲滅を目指す「#Me Too」運動として世界中の女性に広がった。共感は確実に時代を変えた。(2023.01.22)

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